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福岡高等裁判所 昭和50年(う)216号 判決

被告人 川中清三

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小野原肇提出の控訴趣意書及び同弁護人提出の控訴趣意補足書並びに弁護人川井立夫作成の控訴趣意補充書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

同控訴趣意(事実誤認に基づく法令適用の誤り)について。

所論は要するに、原判決は、被告人が常習として原判示第一別表(一)のとおり喫茶店等の店主と共謀の上、「エキサイテイングマシン」なる名称の電動式遊技機を各店舗に設置し、店主をして客の申出に応じて右遊技機に使用するコインと現金とを交換等せしめ、右客をして原判示の如くコインを投入等せしめて右遊技機を使用させ、もつて金銭を賭けて賭博をなしたものである旨認定したうえ、その所為は刑法六〇条及び同法一八六条一項に該当するものとしている。しかし、

(一)  喫茶店等における店主と客との間の前示遊技機の使用行為が刑法上の賭博に当るものとしても、被告人は右遊技機を店主に賃貸し、その賃料を店主から取得していたにすぎないのであつて、店主と客との間の具体的な賭博行為には全く関与していないし、賭博をなすことを店主と共謀した事実もない。もつとも、右賃料は定額ではなく、原判示のとおり遊技機の収益に対する歩合であつたが、これは遊技機の利用度数の予測が著しく困難であつたためである。その結果被告人がいわゆる遊技機リース業によつて収得する賃料は、賭博行為の回数により多少変動することとなるが、遊技機の構造上収益がなくて被告人が損害の危険を負担するようなことは考えられないのであるから、歩合制を採用したことをもつて、被告人が賭博を共謀したものということはできない。従つて、被告人において店主等の賭博行為に対する教唆又は幇助の事実はあるとしても共謀の事実はなく、本件行為につき被告人の(共謀)共同正犯を是認せる原判決は事実を誤認し法令の解釈適用を誤つたものである。

(二)  仮に、右主張が容れられないとしても、刑法一八六条一項の常習賭博罪が成立するためには、行為者が賭博を反覆する習癖を有し、当該賭博行為が右習癖の現われとしてなされることが必要であるところ、被告人にはかかる賭博の習癖は全くないのであるから単純賭博罪をもつて問擬するのが相当である。

すなわち、被告人はかねて関西地方で運送会社、クラブ及びスナツク等を経営していたものであるが、たまたま取引先の知人のさそいで本件遊技機を購入し、これがためその収益に期待することとなり、右遊技機を原判示の如く使用することが法の禁止する賭博行為に該当するという明確な認識もないまま、喫茶店等の店主と話し合つて公然これを店舗に設置したのである。なるほど、本件遊技機による賭博行為は原判示第一別表(一)の期間中反覆累行されたこととなるが、被告人自ら右賭博の実行々為に関与したことはなく、事業欲から本件遊技機のリース業を発展させるに至つたものであつて、これは賭博の習癖の現れではない。また被告人にはこれまで賭博の前科前歴などはなく、もちろん博徒でも暴力団員でもないし、取締当局の警告等を無視して本件所為を続けたものでもないので、賭博の習癖を認むべき事実は存しない筈である。

従つて、被告人に賭博の習癖を認め本件所為につき常習賭博罪を是認した原判決は事実を誤認し法令の適用を誤つたものである。しかして、以上(一)、(二)の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというに帰する。

よつて、所論にかんがみ記録及び原審取調べの証拠を検討するに、

(一)  (共謀の成否)本件「エキサイテイングマシン」なる名称の遊技機はI・C(集積回路)を使用した電動式のゲーム機械であり、原判示のとおり賭客が一枚のコインを投入し、選択ボタン及びスタート・ボタンを押すことにより、電動装置が作動して、これが停止した際に表示された数字の一致及び表示配当倍率あるいは不一致の結果に従つて、賭客が自動的に流出した一〇枚ないし一〇〇枚のコインを取得し、あるいは投入したコインを喪失して終る仕組となつているものであつて、その間に賭客の技術が介入する余地はなく、コインの得喪は全面的に偶然性に支配されるものであるところ、本件においては、原判示のとおり賭客の取得したコインは、その場で一枚に対し一〇〇円の割合で現金化されていたことが認められるので、遊技機を設置しこれを使用する所為が、賭博行為に該当することは明らかである(もつとも右遊技機の配当率は構造上六九パーセントないし七六パーセントに装置されているから、賭博行為が多数回累行される場合には設置者側が損害をこうむる確率は極めて小さくなる訳であるが、そのために本件所為の賭博性が否定されるものではない。)。

しかして、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は右遊技機を購入し、原判示第一別表(一)のとおり、遊技機による収益の四割ないし七割を自己が取得し、その余を喫茶店等の店主が取得する約束の下に、これを各店舗に設置し、店主に対しては賭客の申出によりコインと現金とを交換すべきことを指示し、被告人においては遊技機の鍵を保管して機具内部に蓄積されたコインを占有し、月に一回ないし二回の割合で、これを調べてその間の収益を店主と分配し、さらに遊技機の修理等を行つていたものであることが認められる。

以上の事実から明らかな如く、被告人は自ら喫茶店等の店主との約束の下に前示構造の本件遊技機を設置して、賭客が使用できる状態を作為したものであり、しかもその目的は該遊技機によつて利益を得ることであるが、右の利益は所論の如く賭博行為の回数によつて直接的に決定されるものではなく、むしろ個々の賭博行為の結果の集積により左右されるのであつて、被告人には歩合制による限り巨利を得る可能性とともに損害をこうむる危険も存したのである(ただ、前示のとおり賭博行為が多数回累行される場合には確率的にみて被告人らが損害をこうむる可能性は少ないというにすぎない。)。

してみれば、原判決が被告人につき店主等との共謀の事実を認定し、刑法六〇条を適用したことは相当であつて、記録を精査しても所論の如き事実誤認に基づく法令適用の誤りは認められない。論旨は理由がない。

(二)  (常習性の存否)刑法が単純賭博罪のほかに常習賭博罪を規定した趣旨にかんがみると、ある賭博行為が常習としてなされたものといえるためには、その行為者が賭博を反覆累行する習癖を有し、その現われとして当該賭博行為に及んだものであることが必要であると解すべきである。従つて、単に外形的に賭博が反覆累行されたというだけでは、充分でないことは所論指摘のとおりである。

そこで、被告人の賭博の習癖の有無を検討するに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、昭和四七年九月頃取引先の知人からすすめられたことがきつかけとなつて、本件遊技機一〇台を一台三〇万円の計算で購入し、福岡市、北九州市及び飯塚市所在の喫茶店等にこれを設置して、いわゆる遊技機リース業をはじめたものであるが、その一部が所期の収益をあげえず、あるいは故障等したため、六台を返品するとともに、さらに利益を求めて同年一〇月末頃ないし一一月初頃、新らたに遊技機一三台を一台一六万五〇〇〇円の計算で購入し、長崎市内の喫茶店等に設置し、のちにその一部を撤収あるいは移置して、同年一一月ないし翌四八年三月頃には、原判示第一別表(一)のとおり少くとも長崎市内及び久留米市内の喫茶店等四店舗に計四台ないし五台の遊技機を設置していたものであり、これより先き昭和四七年一〇月初頃、これら設置した遊技機の管理のため他の用途も兼ねて福岡市内のビルの一室に事務所を設けるとともに、城尾清治、安松勉らを雇つて、同人らに偽名の使用を指示したうえ、遊技機の修理及び集金等に当らせていたものであり、その結果、原判示第一別表(一)のとおり約四ヶ月に亘り多数の賭客と賭博行為を反覆累行し、多額の利益を取得していたものであることが認められる。

これらの関係事実並びに前示(一)の事実を併せ考えると、本件遊技機が高度の賭博性を有するものであることは否定し難く、被告人は右遊技機による賭博により収得される利益に対する魅力から、当初一〇台を仕入れ、更に一三台を買い増し、昭和四七年一一月初旬から同四八年三月中旬にわたり、常時数ヵ所の喫茶店等に数台以上の右遊技機を設置し、店主と共謀して多数の客を相手に賭博することを常業として継続していたものであり、多額の資金の投下、その規模、期間、とりわけ右の如き高度の賭博性ある行為を常業化せる被告人の態度等からすると、賭博罪の前科がなく、他に正業を有していたことなどを充分考慮しても、被告人には賭博的志向が潜在し、同業を継続するうちにそれが漸次定着化し、右の如く常業化せる段階においてみる限り、もはや習癖となつたものと認められ、原判示第一の本件所為は被告人のかかる習癖の発現と認めるのが相当である。

してみれば、被告人の賭博常習性を是認し、本件所為につき常習賭博罪の成立を認めた原判決に誤りはなく、記録を精査し当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決には所論の如き事実誤認に型づく法令適用の誤りは存しない。論旨はこの点において理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、なお同法一八一条一項但書を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 吉永忠 堀内信明)

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